はじめに
麻酔科の業務は患者が安全に手術を受けるための環境を整えることである。それには術中の全身管理にとどまらず、術前状態の把握と準備、術後を見据えた麻酔管理、必要に応じた術後管理が要求される。 当院は、麻酔科および集中治療科が連携を密にして周術期管理にあたっている。 集中治療に関しては、原則3年目に3?6ヶ月間の研修を行い、成人において集中治療を要する病態、疾患の診断と治療についての理解を深め、実践できることを目標とする。
1.プログラムの概要と特徴
責任基幹施設である済生会横浜市東部病院,関連研修施設である慶応義塾大学病院(状況に応じて東京都立小児総合医療センターも含む)において,専攻医が整備指針に定められた麻酔科研修カリキュラムの到達目標を達成できる教育を提供し,十分な知識と技術を備えた麻酔科専門医を育成する.
2.プログラムの運営方針
- 研修の前半2年間のうち1年間,後半2年間のうち6ヶ月は,責任基幹施設で研修を行う.
- 慶応義塾大学病院では,最低6ヶ月は研修を行う.
- 研修内容・進行状況に配慮して,プログラムに所属する全ての専攻医が経験目標に必要な特殊麻酔症例数を達成できるように,ローテーションを構築する.
3.研修施設の指導体制
1)責任基幹施設
「済生会横浜市東部病院」(以下,東部病院)
【プログラム責任者】佐藤智行
【指導医】佐藤智行・高橋宏行
【専門医】永渕万里・小松郁子・小松崎崇 ・佐藤智洋
2)関連研修施設
「慶応義塾大学病院」(以下,慶応病院)
【研修実施責任者】森崎浩
【指導医】森崎浩・橋口さおり・香取信之・藍公明・小杉志都子・鈴木武志・印南靖志・山田高成・関博志
【専門医】櫻井裕教
「東京都立小児総合医療センター」
【研修実施責任者】山本信一
【指導医】山本信一・宮澤典子・石田佐知
【専門医】神藤篤史
4.本プログラムの研修カリキュラム到達目標
①一般目標
安全かつ安心な周術期医療の提供といった国民のニーズに応えることのできる,麻酔科およびその関連分野の診療を実践する専門医を育成する.具体的には下記の4つの資質を修得する.
1)十分な麻酔科領域,および麻酔科関連領域の専門知識と技量
2)刻々と変わる臨床現場における,適切な臨床的判断能力,問題解決能力
3)医の倫理に配慮し,診療を行う上での適切な態度,習慣
4)常に進歩する医療・医学を則して,生涯を通じて研鑽を継続する向上心
②個別目標
目標1―― 基本知識
麻酔科診療に必要な下記知識を習得し,臨床応用できる.具体的には公益法人日本麻酔科学会の定める「麻酔科医のための教育ガイドライン」の中の学習ガイドラインに準拠する.
1)総論:
a) 麻酔科医の役割と社会的な意義,医学や麻酔の歴史について理解している.
b) 麻酔の安全と質の向上:麻酔の合併症発生率,リスクの種類,安全指針,医療の質向上に向けた活動などについて理解している.手術室の安全管理,環境整備について理解し,実践できる.
2)生理学:
下記の臓器の生理・病態生理,機能,評価・検査,麻酔の影響などについて理解している.
a) 自律神経系
b) 中枢神経系
c) 神経筋接合部
d) 呼吸
e) 循環
f) 肝臓
g) 腎臓
h) 酸塩基平衡,電解質
i) 栄養
3)薬理学:
薬力学,薬物動態を理解している.特に下記の麻酔関連薬物について作用機序,代謝,臨床上の効用と影響について理解している.
a) 吸入麻酔薬
b) 静脈麻酔薬
c) オピオイド
d) 筋弛緩薬
e) 局所麻酔薬
4)麻酔管理総論:
麻酔に必要な知識を持ち,実践できる,
a) 術前評価:麻酔のリスクを増す患者因子の評価,術前に必要な検査,術前に行うべき合併症対策について理解している.
b) 麻酔器,モニター:麻酔器・麻酔回路の構造,点検方法,トラブルシューティング,モニター機器の原理,適応,モニターによる生体機能の評価,について理解し,実践ができる.
c) 気道管理:気道の解剖,評価,様々な気道管理の方法,困難症例への対応などを理解し,実践できる.
d) 輸液・輸血療法:種類,適応,保存,合併症,緊急時対応などについて理解し,実践ができる.
e) 脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔:適応,禁忌,関連する部所の解剖,手順,作用機序,合併症について理解し,実践ができる.
f) 神経ブロック:適応,禁忌,関連する部所の解剖,手順,作用機序,合併症について理解し,実践ができる.
5)麻酔管理各論:
下記の様々な科の手術に対する麻酔方法について,それぞれの特性と留意すべきことを理解し,実践ができる.
a) 腹部外科
b) 腹腔鏡下手術
c) 胸部外科
d) 成人心臓手術
e) 血管外科
f) 小児外科
g) 小児心臓外科
h) 高齢者の手術
i) 脳神経外科
j) 整形外科
k) 外傷患者
l) 泌尿器科
m) 産婦人科
n) 眼科
o) 耳鼻咽喉科
p) レーザー手術
q) 口腔外科
r) 臓器移植
s) 手術室以外での麻酔
6)術後管理:
術後回復とその評価,術後の合併症とその対応に関して理解し,実践できる.
7)集中治療:
成人の集中治療を要する疾患の診断と治療について理解し,実践できる.
8)救急医療:
救急医療の代表的な病態とその評価,治療について理解し,実践できる.それぞれの患者にあった蘇生法を理解し,実践できる.AHA-ACLS,またはAHA-PALSプロバイダーコースを受講し,プロバイダーカードを取得している.
9)ペイン:
周術期の急性痛・慢性痛の機序,治療について理解し,実践できる.
目標2―― 診療技術
麻酔科診療に必要な下記基本手技に習熟し,臨床応用できる.具体的には日本麻酔科学会の定める「麻酔科医のための教育ガイドライン」の中の基本手技ガイドラインに準拠する.
1)基本手技ガイドラインにある下記のそれぞれの基本手技について,定められたコース目標に到達している.
a) 血管確保・血液採取
b) 気道管理
c) モニタリング
d) 治療手技
e) 心肺蘇生法
f) 麻酔器点検および使用
g) 脊髄くも膜下麻酔
h) 鎮痛法および鎮静薬
i) 感染予防
目標3―― マネジメント
麻酔科専門医として必要な臨床現場での役割を実践することで,患者の命を助けることができる.
1)周術期などの予期せぬ緊急事象に対して,適切に対処できる技術,判断能力を持っている.
2)医療チームのリーダーとして,他科の医師,他職種を巻き込み,統率力をもって,周術期の刻々と変化する事象に対応をすることができる.
目標4―― 医療倫理・医療安全
医師として診療を行う上で,医の倫理に基づいた適切な態度と習慣を身につける.医療安全についての理解を深める.
1)指導担当する医師とともにon the job training環境の中で,協調して麻酔科診療を行うことができる.
2)他科の医師,コメディカルなどと協力・協働して,チーム医療を実践することができる.
3)麻酔科診療において,適切な態度で患者に接し,麻酔方法や周術期合併症をわかりやすく説明し,インフォームドコンセントを得ることができる.
4)初期研修医や他の医師,コメディカル,実習中の学生などに対し,適切な態度で接しながら,麻酔科診療の教育をすることができる.
目標5―― 生涯教育
医療・医学の進歩に則して,生涯を通じて自己の能力を研鑽する向上心を醸成する.
1)学習ガイドラインの中の麻酔における研究計画と統計学の項目に準拠して,EBM,統計,研究計画などについて理解している.
2)院内のカンファレンスや抄読会,外部のセミナーやカンファレンスなどに出席し,積極的に討論に参加できる.
3)学術集会や学術出版物に,症例報告や研究成果の発表をすることができる.
4)臨床上の疑問に関して,指導医に尋ねることはもとより,自ら文献・資料などを用いて問題解決を行うことができる.
③経験目標
研修期間中に手術麻酔,集中治療,ペインの充分な臨床経験を積む.通常の全身麻酔・硬膜外麻酔・脊髄くも膜下麻酔・神経ブロックの症例経験に加え,下記の所定の件数の特殊麻酔を担当医として経験する.ただし,帝王切開手術,胸部外科手術,脳神経外科手術に関しては,一症例の担当医は1人,小児と心臓血管手術については一症例の担当医は2人までとする.
・小児(6歳未満)の麻酔 25症例
・帝王切開術の麻酔 10症例
・心臓血管外科の麻酔 25症例 (胸部大動脈手術を含む)
・胸部外科手術の麻酔 25症例
・脳神経外科手術の麻酔 25症例
5.各施設における到達目標と評価項目
各施設における研修カリキュラムに沿って,各参加施設において,それぞれの専攻医に対し年次毎の指導を行い,到達目標の達成度を評価する。
付
日本麻酔科学会認定病院である当院で本プログラムに沿って研修を行えば、麻酔科標榜医および日本麻酔科学会認定医の資格を得られる。なお、プログラム研修終了後に、日本麻酔科学会専門医、日本集中治療医学会集中治療専門医取得のため、さらに当院および他施設(慶應義塾大学病院、東邦大学大森医療センター大森病院、およびその関連施設)での臨床研修の場を提供する用意がある。